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大阪高等裁判所 平成8年(ネ)1914号 判決 1997年1月17日

控訴人

谷川智恵子

右訴訟代理人弁護士

野村正義

被控訴人

有限会社まちぐち

右代表者取締役

町口道雄

右訴訟代理人弁護士

池田勝之

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

二  控訴人と被控訴人との間に別紙契約の表示(二)に記載のとおりの賃貸借契約が存在することを確認する。

三  控訴人のその余の主位的請求を棄却する。

四  訴訟費用中、控訴人が当審において支出した予備的請求の訴え提起の手数料六万七六五〇円は控訴人の負担とし、その余は第一、二審を通じ被控訴人の負担とする。

事実及び争点

第一 申立

一 控訴人

1 控訴の趣旨

(一) 原判決を取り消す。

(二) 控訴人と被控訴人との間に別紙契約の表示(一)に記載のとおりの賃貸借契約が存在することを確認する。

2 当審における予備的請求

(一) 被控訴人は、控訴人に対し、金七六〇万円、及びこれに対する平成八年八月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(二) 仮執行宣言。

二 被控訴人

1 本件控訴を棄却する。

2 控訴人の主位的請求に関する訴えを却下する。

3 控訴人の予備的請求を棄却する。

第二 主張

一 請求原因

1 (主位的請求)

(一) 控訴人と被控訴人とは、平成二年二月二日、別紙契約の表示(一)に記載のとおりの賃貸借契約を締結した。

右の年月日に、控訴人と被控訴人との間で、別紙契約の表示(一)記載の物件(以下「本件物件」という。)に関して締結された契約(以下「本件契約」という。)が、賃貸借契約であることの根拠は、次のとおりである。

(1) 控訴人は、内装工事を行い、その費用七六〇万円を負担し支払った。

(2) 契約書文言にかかわらず、控訴人は、本件物件内での店舗「知己」(以下「知己」という。)の経営について、被控訴人の収支決算報告書を提出したり要求されたことはなく、被控訴人の監査を受けたこともない。

(3) 契約書記載の分配金は、経営成績にかかわらず、月額一三万二〇〇〇円の固定制である。

(4) 「知己」の保健所からの飲食店営業の許可は、控訴人が得ている。

(5) 「知己」の名は控訴人が命名した。

(6) 「知己」の営業時間の決定変更は、控訴人がした。

(7) 「知己」の従業員は、控訴人の友人であり、控訴人が採用、給与の支払を行った。

(8) 「知己」の売上、経費の支払は控訴人が行った。

(9) 本件物件の鍵は控訴人が三個作り、一個は控訴人が所持し、他の一個は酒屋に商品搬入目的で預け、一個は被控訴人に預けた。

(10) 本件物件の電話、ガスの名義は控訴人である。

(二) ところが、被控訴人は、賃貸借契約の存在を争うので、右賃貸借契約の存在確認を求める。

2 (本件契約が、店舗経営委託契約である場合の予備的請求)

(一) 本件契約には、被控訴人は、控訴人に対し、本件物件に内装工事を施したうえ、これを控訴人に引き渡す約定があった。

(二) ところが、本件物件の内装工事は、本件契約当初に控訴人が実施したところ、控訴人は右費用として、七六〇万円を要し、そのころこれを負担して工事人に支払った。

(三) 被控訴人は、右費用負担を免れている。

(四) よって、控訴人は、被控訴人に対し、不当利得金七六〇万円、及びこれに対する平成八年八月二二日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二 主位的請求に対する本案前の抗弁

1 被控訴人と控訴人間で平成二年二月二日本件契約書を取り交わし、以来今日までなんの問題もなく経過してきている。契約内容、契約上の権利義務内容も明白である。

したがって、ことさらに本件契約の法的性格を確認する利益がない。

2 控訴人の本訴提起の目的は、本件建物の敷地買収に伴う補償問題にあり、賃借権補償を受けたいとの意向から本訴を提起している。

しかし、本件の判決の効力は、摂津市ないし大阪府に及ばないから、本訴の提起は法的に意味がない。

よって、本訴は確認の利益のない不適法な訴えである。

三 請求原因に対する認否

1(一) 請求原因1(主位的請求)(一)の事実は否認する。

平成二年二月二日控訴人と被控訴人との間で締結した契約は、店舗経営委託契約である。

その根拠は、次のとおりである。

(1) 契約書に経営委託契約と表示されている。

(2) 契約書に、被控訴人が内装工事を施して什器備品を設置引き渡す旨の約定がある。

被控訴人は、本件物件について、昭和五五年に内装工事を施したうえ、什器備品を設置した。被控訴人は、その後原則として受託者が交代する都度、内装の改装を行っている。控訴人にも、同様の内装を施し什器備品を設置した店舗を提供した。

控訴人が、内装、什器備品につき、変更を加えたとしても、それは控訴人の負担で行うことが約束されている。

(3) 契約上、経営受託者の酒類調味料一切の仕入れをコヤマ酒販株式会社に限定している。これは被控訴人が受託者の経営状態を把握する意味があり、現実に行われている。

(4) 契約書では、経営の指示監督権、収支決算報告書の提出義務、監査を受ける義務が規定されている。

(二) 同(二)の事実は認める。

2(一) 同2(予備的請求)(一)の事実は認める。

(二) 同(二)の事実は否認する。

本件改装工事費用七六〇万円は過大である。この程度の工事の通常の代金は三〇〇万円程度である。

他方、控訴人は、その改装工事による店舗を、平成二年春から平成七年一二月までの間、現実に使用し、改装工事による便益を十二分に享受している。

(三) 同(三)の事実は否認する。

被控訴人は、本件契約前又は契約に際し、内装工事を施してこれを控訴人に提供し、もって契約上の義務を履行している。

被控訴人は、控訴人の改装工事により格別利益享受したことはない。本件契約において被控訴人が受領できる分配金に比べても、控訴人主張の改装工事代金は過大である。

右改装工事の後六年余の現時点での評価は、経年減価により一三〇万円程度である。

四 抗弁

(予備的請求原因に対し)

1 本件契約において、内装、什器、備品の修繕は全て受託者の負担で行い、什器備品の入れ替えは受託者の負担とする旨、内装工事費用の請求をしない旨が約定されている。

2(一) 本件予備的請求は、その実質は、内装工事を行うべき債務の不履行を理由とする損害賠償請求である。

商行為により生じた債務の不履行に基づく損害賠償請求権には、商法五二二条の適用がある。

本件では、控訴人主張の工事は平成二年三月九日に完了している。

よって、本件では、これから五年を経過した平成七年三月九日をもって消滅時効が完成している。

(二) 本件予備的請求が実質は債務不履行による損害賠償請求であるものを、商行為の消滅時効の抗弁による対抗を避けるため、あえて不当利得との法律構成をして請求することを認めることは、法制度全体の整合性からみて許されない。仮に許されるとしても、より短期の消滅時効の抗弁をもって対抗されることを甘受すべきである。

(三) 被控訴人は、右時効を援用する。

五 抗弁に対する認否

1 抗弁1の事実は否認する。

2 同2について、控訴人は、本件契約が賃貸借契約であると信じていた。その場合、内装工事費用は賃借人である控訴人が負担する。

ところが、原判決が経営委託契約であると認定したから、控訴人が不当利得返還請求権を知ったのは、原判決言渡日である平成八年六月二一日である。

消滅時効は右同日より進行する。

理由

一  主位的請求の確認の利益について

本件契約については、これが賃貸借であるかどうかについて、当事者間に争いがあるから、控訴人が、右契約の性質内容について、確認を求める利益を有することは明らかである。

本件訴訟が、建物の敷地買収の際に補償を受けたいとの意向から提起されたとしても、控訴人の主張に照らし、被控訴人との間で契約上の地位に争いのあることも訴訟提起の理由であることは明らかであるところ、本件控訴の結果、右補償問題が直ちに解決するかどうかはさておき、右のとおり争いのある契約上の地位について確認を求めることはそれ自体意味があると言える。

二  甲一ないし五号証、七ないし一〇号証、乙一ないし一一号証、検乙一、二号証の各一ないし三、控訴人本人尋問の結果、弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。

1  控訴人と被控訴人間で、平成二年二月二日、本件物件に関して交わされた本件契約の契約書には、次の各記載がある。

(一)  右契約書の表題は「店舗経営委託契約書」である。

(二)  被控訴人は、控訴人に対し、本件物件内において、契約条項に従い、飲食店「知己(ちこ)」の経営に当たることを委任し、控訴人はこれを承諾した。

(三)  控訴人は、本件物件にかかる所有権(又は賃借権)及び営業権その他の実質的権利がすべて被控訴人に帰属することを確認し、これらについて、善良なる管理者の義務を負う。

(四)  控訴人は保証料として二五〇万円を被控訴人に寄託し、契約締結後一〇年未満内に契約終了の場合は保証金の八割を、一〇年経過後契約終了の場合は一〇割を、本件物件明け渡し後二か月以内に被控訴人より控訴人に返還する。

(五)  被控訴人は控訴人に対し、本件物件に内装工事を施したうえ、什器、設備のうち冷蔵庫一台、ガスレンジ一台、バック棚セット、シンク台一台、ガス台一台、イス一〇脚、湯沸器一台、おしぼり器一台を設置して引き渡す。

(六)  控訴人は被控訴人の指示監督を受けて、本件物件内において、被控訴人のために「知己」の経営を行う。

(七)  控訴人は毎月五日限り、前月一日から末日までの収支決算報告書を被控訴人に提出する。

(八)  (七)のほか、控訴人は、「知己」の経営について、被控訴人又はその指定する者の監査を随時受け、かつ、その監査に協力する。

(九)  本件契約に基づく控訴人の被控訴人に対する分配金は一か月一三万二〇〇〇円とし、控訴人は毎月二八日限り、翌月分を被控訴人方に持参又は送金して支払う、但し、本件契約を更新する場合には、その都度、その時までの被控訴人の分配金にその五パーセントを増額した金額をもって新たな被控訴人の分配金とする。

(一〇)  本件契約の期間は平成二年二月二日より平成三年二月一日までの一年間とし、被控訴人或いは控訴人のいずれかから契約終了前六か月前までに解約の意思表示のない場合には、自動的に本件契約はその後一年間更新される。

(一一)  本件契約が終了した場合には、控訴人は一〇日以内に異議なく営業を停止し、直ちに本件物件より退去して、被控訴人に明け渡さなければならない。

この場合、控訴人は立退料、営業補償料その他いかなる名目を問わず、被控訴人に対し、金品の請求をしない。

(一二)  控訴人は「知己」にかかる内装、什器、備品について、善良なる管理者の注意をもって管理し、現存する内装設備、什器、備品についての一切の苦情は申し述べない。

内装、什器、備品の修繕は全て、控訴人の負担において行い、什器設備の入れ替えは控訴人の負担とするが、その所有権は被控訴人に帰属するものとする。

(一三)  控訴人は「知己」にて使用する酒類、調味料一切をコヤマ酒類販売株式会社より継続的に購入する。

(一四)  共益費は月額一万円とし、(九)の分配金と同時に支払う。

2  控訴人と被控訴人とは、平成二年二月二日の本件契約締結前に、仲介人内海忠勝を交えて、契約交渉をしたが、その際、内海は、本件契約の条件として控訴人が毎月支払うべき金員を、家賃及び共益費と説明した。被控訴人からは経営委託契約である旨の話はなされなかった。

本件物件内での店舗の名称「知己(ちこ)」は、控訴人がその名前(ちえこ)をもとに考えて、付けたものである。

3  被控訴人は、本件物件を含む一棟の建物二階三室を、昭和五五年以降、ほかの者に店舗契約のため使用させており、右使用者は、控訴人との契約より以前に、各室とも数人代わっている。右使用の当初は、被控訴人又は使用者が店舗(スナック)用の内装工事を行い、什器備品も設置したが、被控訴人は、使用者が内装を施した場合については、これに関する権利を放棄させていた。本件物件以外の室について、使用者が代わる時に、被控訴人自ら改装を行ったこともある。他方、各室の使用者が交代する際に、改装されないこともあった。本件物件についても、控訴人より前の使用者が使用を始めた時に、被控訴人又は使用者において内装を施し、什器備品も設置しており、したがって、本件契約締結時には、本件物件には、既に内装が施され、什器備品も設置されていた。しかし、本件契約に際し、被控訴人が改装をしたことはない。

控訴人は、本件契約締結後、本件物件の使用を開始するに当たり、従前の内装を変えることを企図し、被控訴人及び仲介人の了解のもとに、平成二年二、三月、本件物件を、千里ハウジング株式会社に請け負わせて、ほぼ全面的に改装した。右改装は、天井、壁面の下地及び表面生地の張り替え、床のカーペット敷き、ドアの取り替え、カウンター及び棚の取付、室内各所塗装、電気配線、照明器具、換気扇、室内外の看板の各取付、厨房設備、空調設備、給排水設備、音響設備等に及んだ、右請負代金七六〇万円は全額控訴人が負担支払った。

4  控訴人は、本件物件において、契約以降スナック「知己」を経営して来たが、その飲食店営業許可(食品衛生法二一条)は、被控訴人ではなく、控訴人がその名義で、平成二年三月一九日大阪府吹田保健所長から取得した。

本件物件の電話、ガスの加入、供給契約は、被控訴人名義ではなく、控訴人名義でなさなれている。

本件物件への鍵は、控訴人が三個作り、うち一個を控訴人が所持し、他の一個を被控訴人が所持し、一個は酒屋に証人搬入目的で預けている。

5  右以後、控訴人は、平成七年末まで本件物件を使用し、自己の計算において自己の裁量に従って、「知己」の経営を行っていた。

「知己」の営業時間、営業日の決定変更は控訴人が行い、被控訴人に相談もしていない。

控訴人は、「知己」の従業員を約二年間雇い、給与の支払いも自ら行っていた。

「知己」の売上の収受、経費の支払は、控訴人が全て行っていた。

「知己」の経営について、被控訴人から一切注文その他の関与はなされなかった。収支決算の報告についても、被控訴人からの要求はなく、控訴人が報告したこともなかった。収支決算報告書を提出したこともなかった。「知己」の収支にかかる所得税申告は毎年控訴人が行い、その税金も控訴人が支払っていた。

6  「知己」の使用に関連して控訴人より被控訴人に支払われて来た金員は前記のとおり月一四万二〇〇〇円であって、「知己」における収入、利益の有無、増減によって支払金額が変わるとする契約条項はないし、現実の支払額も変わらなかった。

被控訴人は、前記3のとおり本件物件などを提供するほかには、「知己」の経営のために必要な資金や労力を提供したことはなかった。

7  前記1の契約以降現在までいずれからも解約の意思表示がされたことはない。

三  右認定のとおり、本件契約書上では店舗経営委託契約とされているものの、そこでの店舗「知己」の経営は控訴人の名義で、その計算と裁量により行われ、被控訴人がその経営に関与することなく、控訴人より被控訴人に支払われる分配金、共益費名義の金員は店舗経営による収益にかかわりなく定額であることからすると、右の契約は、店舗経営委託契約の性格を持たず、かえって控訴人に本件物件と内装・器具を飲食店「知己」の営業のために自由に使用収益して、その収益を取得(損失のときはこれを負担)することを許し、その対価として一定額の金員を受領することとする建物賃貸借の性格を有することは明らかである(右判断については、最高裁第一小法廷昭和三九年九月二四日判決・裁判集民事七五号四四五頁、最高裁第一小法廷平成四年二月六日判決・判例時報一四四三号五六頁及びその原審東京高裁平成元年七月六日判決・判例時報一三一九号一〇四頁参照)。

もっとも、本件契約に際し、本件物件には被控訴人又は前の使用者の設置した内装、什器備品があり、被控訴人はこれを控訴人に提供したものとみられ、また、契約書上、酒類、調味料の仕入れ先を特定の販売業者に制限する規定がある。

しかし、これらは、本件契約が本件物件の賃貸借であることを左右するようなものではなく、右賃貸借の付随的約定と解されるにとどまる。

ほかに、三の賃貸借である旨の認定を覆すに足りる証拠はない。

四  そうして、前記認定の事実によると、本件賃貸借契約の内容は、別紙契約の表示(二)のとおりであることが認められ、控訴人の本件主位的請求は、被控訴人との間で別紙契約の表示(二)のとおりの賃貸借契約の存在確認を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却するべきである。

五  本件契約は控訴人主張のとおり賃貸借契約と解されるところ、本判決判断の賃料弁済期が控訴人主張とは異なる点で主位的請求の一部を棄却したが、予備的請求はこの契約が経営委託契約と解されることを条件とするものであって、右のような一部請求棄却の場合にも予備的請求の判断を求めているものとは解されない。

六  よって、前記四の判断と異なる原判決を四記載のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九〇条、九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官井関正裕 裁判官河田貢 裁判官高田泰治)

別紙契約の表示(一)

契約成立日 平成二年二月二日

契約期間 一年間とする。但し、終了前六か月前までに解約の意思表示がない場合は自動的にその後一年間更新される。

賃貸人 被控訴人

賃借人 控訴人

保証金 二五〇万円

賃料 月額一三万二〇〇〇円

共益費 月額一万円

賃料支払時期 毎月二八日

賃貸物件 所在地 大阪府摂津市千里丘一丁目九番二〇号

(登記簿上の所在地 摂津市千里丘一丁目一二五番地七、一二五番地九)

名称 プラザ町口

室番号 二階店舗B号室

(14.54平方メートル)

別紙契約の表示(二)

契約成立日 平成二年二月二日

契約期間 一年間とする。但し、終了前六か月前までに解約の意思表示がない場合は自動的にその後一年間更新される。

賃貸人 被控訴人

賃借人 控訴人

保証金 二五〇万円

賃料 月額一三万二〇〇〇円

共益費 月額一万円

賃料支払時期 毎月二八日限り翌月分支払

賃貸物件 所在地 大阪府摂津市千里丘一丁目九番二〇号

(登記簿上の所在地 摂津市千里丘一丁目一二五番地七、一二五番地九)

名称 プラザ町口

室番号 二階店舗B号室

(14.54平方メートル)

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